中央区は、平成元年2月、東区と南区の合区により誕生しました。
旧南区は「ミナミ」の愛称で呼ばれる"楽しみの街"です。心斎橋筋商店街・戎橋筋商店街道頓堀(ミナミを代表する商店街)・松屋町筋商店街(玩具)・千日前道具屋筋(料理用具)・アメリカ村・ヨーロッパ村(若者の文化の発信基地)・黒門市場商店街(ミナミの台所)などを中心に老舗を誇る商店・百貨店・飲食店街が賑わい活気に満ち、"動の町"です。また、心斎橋の交差点を中心に、世界の有名ブランドの直営店が集積しはじめ、新しい魅力を発揮しています。

中央区(旧南区)  浪速区  西成区

 こうした"動の町"とは対照的に中寺・谷町界隈には、近松門左衛門や井原西鶴にまつわる由緒ある寺社などが数多くあり、落ち着いた歴史の匂いを漂わせています。 国立文楽劇場があり、人形浄瑠璃をはじめ上方芸能の拠点として、関西文化の振興に重要な役割を果たしています。歴史と文化に彩られた伝統を継承しつつ、新しい時代の経済・文化の中心として、また、国際集客都市を構成する中心区として、活気と魅力あふれるまちづくり、コミュニティづくりが進められています。

   

●道頓堀
 1612年に安井道頓(やすい・どうとん)が私財をなげうって開削に着手しました。
開削者の名を取って道頓堀と呼ばれるようになりました。
 沿岸のうち西横堀川との合流点を境に布袋、宗右衛門、御前、久左衛門、吉左衛門、立慶、久郎右衛門、 と町屋建設が進み川八町が誕生しました。
 このうち、南岸は歌舞伎、義太夫、見世物などの小屋が並んで栄え、五座の櫓(やぐら)が立って賑わい、櫓町と称される芝居町になりました。いろは47軒の水茶屋が軒を連ね、北岸の宗右衛門町、南岸の九郎右衛門町(現在の道頓堀2丁目)の花街とあいまって、町人文化の核となりました。
 道頓堀川は、一寸法師がお椀に乗って出発したといわれている土地です。
今では若者が飛び込む川として有名になってしいましたが、歴史ある場所のひとつです。
 道頓堀といえば、ひときわ目立つ巨大な看板。来たことはなくても、テレビや雑誌で見たことのある『グリコ』の看板をはじめ、道頓堀を象徴するような、かに、いか、たこ、人形、その他看板がたくさんあります。


 

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